巷に騒がれる、古川琴音殿:立教のESSで英語劇!?コツコツ努力の人について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1996年10月25日:神奈川県にて生誕。
- 中学・高校時代:演劇部入部。バレエの経験を生かし、演技を始める。
- 2018年:短編映画『春』主演、「京都国際映画祭2018」のエンターテイメント映像部門最優秀賞を含む複数映画祭受賞。また、文化庁メディア芸術祭2019新人賞とTAMA NEW WAVEベスト女優賞受賞。
- 2019年:映画『十二人の死にたい子どもたち』メインキャストのミツエ役を好演。
- 2020年:連続テレビ小説『エール』初出演。
- 2021年:映画『偶然と想像』出演、第71回ベルリン国際映画祭コンペティション部門正式出品され、「銀熊賞」受賞。
- 2022年:NHK特集ドラマ『アイドル』テレビドラマ初主演。
- 2023年:大河ドラマ『どうする家康』初出演。
- 2024年:映画『雨降って、ジ・エンド。』主演。
- 同年:ドラマ『ACMA:GAME アクマゲーム』出演。
【立教のESSで英語劇に挑む】

古川琴音殿は平成8年10月25日の生まれ、神奈川県の出にござる。現在はユマニテに所属しておられる。
この御仁の歩みを辿ると、一つの言葉に行き着く。それは「積み重ね」じゃ。才に頼らず、時間をかけて身につけてこられた御仁である。
語学にまつわる話で確かに辿れるのは、大学での活動である。立教大学に進まれ、英語劇のサークル「ESSドラマセミナー」に所属しておられた。
英語劇というのは、ただ言葉を覚えるのとはわけが違う。台詞を英語で言うだけでなく、その言葉で感情を動かさねばならぬ。
巷では、初年度に発音の習得へ専念し、すべての台詞に発音記号を振ったという話も伝わっておる。ただし、この細かい話について確かな出所は辿れなんだ。
確かめられるのは、英語で芝居をするサークルに大学の間ずっと所属しておられたという事実じゃ。これだけでも、相当な積み重ねである。
考えてみるがよい。英語の台詞を、人前で、時間をかけて演じ切る。訛りがあろうと詰まろうと、舞台の上では止まれぬ。この経験を数年重ねた者が、話せぬはずがなかろう。
しかも英語劇のサークルは、稽古の量が多いことで知られる。台本を読み込み、発音を直され、動きを付けて、通し稽古を重ねる。その全てを、母語ではない言葉で行うのじゃ。
一年で一本を仕上げるとすれば、大学の四年で四本。台詞の量にすれば相当なものになる。耳も口も、鍛えられぬはずがない。
語学の学びにおいて最も効くのは、使わざるを得ない場に身を置くことである。サークルの舞台は、まさにその場であった。
なお、他の言語についても達者であるという話が世間にはあるが、吾輩が手繰ってみても確かな出所は辿れなんだ。ご本人が語られた記録も、どこにも見当たらぬのでござる。
【バレエから演劇部への道】

では、この御仁がどのように舞台と縁を持たれたのかを辿ろう。始まりはバレエであった。
幼い頃よりバレエを習っておられた。その延長線上で演技を始めようと、中学、高校で演劇部に入部されておる。
そして大学でも演劇部に所属された。中学から大学まで、およそ十年にわたって舞台に立ち続けてこられたわけじゃ。
ご本人はこう語っておられる。「ただ、演劇が好きなだけで続けたわけではなく、仲間と一緒に活動することが楽しくて、気が付いたらずっと続けていたという感じ」と。
好きだから続けたのではなく、楽しかったから続いた。この違いは大きい。前者は力むが、後者は続く。
「舞台について専門的に学びたい」と思われたため、立教大学に進学された。平成31年、現代心理学部映像身体学科を卒業しておられる。
女優になろうと心に決められたのは「大学のサークル活動を終え、就職を考えるタイミング」であったという。
「無理かもしれないけど、役者をやってみたいな」。そう思って事務所のオーディションを受け、合格された。身の丈を知りながら、それでも手を伸ばされたわけじゃ。
所属先を選ばれた理由も面白い。尊敬する俳優である満島ひかり殿と「芝居をするには同じ事務所に入ればいいと思ったため」との由じゃ。
目的から逆算して所属先を選ぶ。この考え方の筋の通り方は、なかなかのものである。
【未来予想図-積み重ねを武器に】

平成30年、主演を務めた短編映画『春』が京都国際映画祭の部門で最優秀賞を受賞された。
この作品は、あわせて九つの映画祭でグランプリを受けておる。古川殿ご自身も、TAMA NEW WAVEベスト女優賞を受賞された。
短編でこれだけの評を得るというのは、そうそう無いことじゃ。世に出た最初の一本が、既に強かったのである。
平成31年公開の映画『十二人の死にたい子どもたち』では主要な役の一人を演じ、広く注目を浴びられた。
令和2年には『エール』で連続テレビ小説に初出演。そして令和3年、出演作『偶然と想像』が第71回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門に正式出品された。
この作品は、最高賞に次ぐ審査員大賞である銀熊賞を受賞しておる。世界の三大映画祭の一つでの快挙である。
令和4年にはNHKの特集ドラマでテレビドラマ初主演。令和5年には『どうする家康』で大河ドラマにも初出演を果たされた。
特技はダンス。バレエのほか、ヒップホップなども踊られる。幼い頃から続けてきた体の使い方が、そのまま武器になっておるわけじゃ。
趣味はガーデニングと散歩とのこと。土をいじり、歩く。派手さは無いが、続く趣味である。
令和4年の取材では、新しく始めたいこととして「田舎のほうに農業をしに行きたい」と述べておられる。「食べるのがすごく好きなので、自分が作った野菜とか食材を使って料理をするのに憧れがある」との由じゃ。
この御仁の歩みを貫いておるのは、時間をかけて積み上げるという一点である。バレエ、演劇部、英語劇、そして役者の道。
語学であれ芝居であれ、近道は無い。掛けた時間だけが形になる。簡単なようでいて、これがなかなかできぬのじゃ。
中学から大学まで舞台に立ち続け、英語劇にまで手を伸ばした者が、世界の映画祭に並ぶ作品に出ておる。短編映画から始まり、朝の連続テレビ小説、ベルリンの映画祭、そして大河ドラマ。世に出てから数年で、これだけの場を踏んでこられた。
『どうする家康』では大河の舞台にも立たれた。時代物は言葉遣いも所作も現代とは違う。そこで通用するのは、基礎を積んだ者だけじゃ。
だがその数年の前に、中学から大学までの十年がある。人前に立つことを、ずっと続けてこられた歳月じゃ。急に現れたように見えて、実は長い助走があったのである。
「無理かもしれないけど、役者をやってみたいな」。この控えめな一言から始まった道が、ここまで来たということを覚えておきたい。
積み重ねは、必ず返ってくるという証よ。嘘か誠かの判断は自己責任にて!
【立教のESSで英語劇!?コツコツ努力の人についてのまとめ】
今回は古川琴音殿について調査してみた!
吾輩は古川琴音殿に対して、英語力と中国語力を武器にさらに羽ばたく可能性のある姫武者、と思ったんだがお主は古川琴音殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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