巷に騒がれる、ラウール殿:公演の合間に面接!?制服に着替えてについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 2003年6月27日、東京都にて生誕。
- 小学1年より踊りを習い始め、小学3年からは師匠に付く。
- 2014年、小学5年の折、選抜された15人の組に選ばれる。
- 同年と翌年、ロサンゼルスの世界大会にて二年続けて準優勝。
- 2015年5月2日、小学6年で事務所に入所。
- 2018年6月、組を結成。同年8月に名を改めて活動する。
- 2019年1月17日、中学3年でSnow Manに加入。真ん中の位置に抜擢される。
- 2020年1月22日、16歳でCDデビュー。
- 2021年7月9日、映画にて単独初主演を務める。
- 2022年4月、早稲田大学の通信教育課程に入学。
- 2024年5月、踊りの組を結成し、世界大会の日本予選にて1位。
- 2024年6月27日、パリのモデル事務所への所属を発表。
- 2026年、再び日本予選に出場し、二度目の優勝を果たす。
【合格して号泣した少年】

ラウール殿は2003年6月27日の生まれ、東京都の出にござる。
この御仁の始まりは、踊りでござった。
小学1年より習い始め、小学3年からは師匠に付かれた。
そして、その腕前が並ではない。
2014年、小学5年の折でござる。
師匠が選抜した15人の組に選ばれ——
ロサンゼルスで開かれる世界大会に出場された。
そして、その結果が——
準優勝。
しかも、それが二年続けてでござる。
日本の踊りの世界でも大きな報せとして伝えられたという。
小学生で世界の二番でござるぞ。
さて、そういう少年が2015年5月2日、事務所に入所される。
小学6年でござった。
ところが——
合格した折、この御仁は号泣されたという。
嬉し泣きではござらぬ。
踊りたい型が違うこと、
そして衣装が嫌であったことが理由だそうな。
……なんとも正直な子どもでござるな。
そして入所してからも、辞めたいと思うておられたという。
先輩の公演の稽古で二十曲を覚え切れなんだ折、
「踊りをやっておったのに覚えられぬのか」と言われたことが
堪えたのだそうな。
だが、この御仁は続けられた。
頑張ってから決めた方がよい、と言われたことをきっかけに、
一生懸命やってそれでも嫌なら辞めよう、と決められたのじゃ。
そして猛稽古の末——
十人だけが出られる曲に選ばれた。
それが嬉しくて、続けることにされたのでござる。
踊りの世界大会について、少し語らせてくれ。
この大会は、世界中から踊り手が集まる場でござる。
そして小学生の部門であっても、
出てくるのは各国で選び抜かれた者ばかりじゃ。
その中で二位。
しかも二年続けてでござる。
つまり、まぐれではない。
実力で世界の上位におったということでござる。
そして、この御仁が得意としておったのは
動きの激しい型の踊りでござった。
だからこそ、事務所に入って
「踊りたい型が違う」と泣かれたのじゃ。
世界で二位を取った少年が、
自分の型を捨てねばならぬ。
……これは、確かに泣きたくもなろう。
そして衣装が嫌だという理由も、実に子どもらしい。
だが、その正直さが良いのでござる。
格好をつけて「嬉しかった」と言うておれば、
後の話も薄くなっておったであろう。
泣いた、辞めたかった。
そう明かしておるからこそ、
続けた重みが伝わるのじゃ。
ちなみに、この御仁が事務所に入られた経緯も面白い。
将来は踊りを仕事にしたいと考え、
様々な事務所の審査を受けておられた。
その流れで、親が紙を送ったのだそうな。
つまり、この事務所を狙って入ったのではない。
たまたま、その流れの中にあったのでござる。
そして、踊りの振り付けを手掛ける者が
この御仁の踊りを気に入ったことも
合格の決め手になったという。
やはり、見られておったのは踊りでござった。
【公演の合間に制服で面接】

さて、ここからが吾輩の最も気に入っておる話でござる。
2022年4月、ラウール殿は大学に入学された。
早稲田大学の通信の課程でござる。
しかも、その理由が良い。
仕事に活かすためではない。
人としての見識を広げたいからだ、と
語っておられるのじゃ。
十八の若者の言葉とは思えぬのう。
ところが、ここで困ったことが起きた。
受験の面接の日が——
公演の日程と重なったのでござる。
お主ら、どうすると思う。
普通ならば、どちらかを諦めよう。
ところが、この御仁は違った。
公演の本番の最中でござる。
喋りの時間に舞台を抜け、
制服に着替えられたのじゃ。
制服でござるぞ。
そして音の鳴らぬ部屋に入り、
画面越しの面接を受けられた。
……そして、また舞台に戻られたのでござる。
お主ら、この絵を想像してみよ。
何万人が待つ会場でござる。
その裏で、一人の若者が制服に着替え、
静かな部屋で面接を受けておる。
そして終われば、また衣装に着替えて舞台へ戻る。
これほど可笑しく、そして立派な話もござるまい。
どちらも諦めぬ。両方やる。
この御仁の性分が、よく出ておる逸話でござる。
大学に入るということについて、
もう少し考えてみようではないか。
この御仁は、既に世に知られた立場でござった。
組の真ん中に立ち、映画でも主演を務めておられた。
仕事にも困っておらぬ。
つまり学ぶ必要は無かったのでござる。
それでも入られた。
しかも通信の課程でござる。
自分で計画を立て、自分で課題を出さねばならぬ。
通うより、よほど続けるのが難しい形じゃ。
そして理由が「人としての見識を広げたい」でござる。
仕事に活かすためではない、と言い切っておられるのじゃ。
十八の若者の口から出る言葉ではあるまい。
そして面接の日が公演と重なった話でござる。
普通ならば、事務所が調整するところでござろう。
あるいは、面接を別の日に頼むこともできたかもしれぬ。
だが、この御仁は
公演の合間にねじ込まれた。
誰にも迷惑を掛けず、両方をやり切る道を選ばれたのじゃ。
制服に着替えるという細かいところも良い。
画面越しの面接でござるからな。
上だけでも整えておけば済んだであろう。
だが、きちんと制服を着られた。
そういう御仁なのでござる。
ちなみに、この御仁は2019年1月17日、
中学3年でSnow Manに加入しておられる。
しかも、いきなり真ん中の位置でござった。
後から入って、すぐ真ん中。
これは、周りからすれば面白くない話でもござろう。
だが、その抜擢には理由があった。
以前から「気になる無名の若手」の一人として、
ある御仁がこの少年に目を付けておられたのじゃ。
雰囲気がある。踊っていて輝いておる。
そう評されておったのでござる。
そして2020年1月22日、
16歳でCDデビュー。
小学6年で泣きながら入った少年が、
四年半でそこまで来られたのじゃ。
【未来予想図-辞退した大会に戻って優勝】

さて、ラウール殿の現在(いま)である。
2024年5月のことでござる。
この御仁は、幼き踊り手二人と組を作られた。
そして、世界57か国で予選が行われる
踊りの世界大会の日本予選に出場されたのじゃ。
結果は——
小さな組の部門で1位。
世界大会への出場権を得られた。
ところが、ここで不運が襲う。
この御仁が腰を痛められたのじゃ。
そして、世界大会への出場を辞退することになった。
……これは、悔しかろう。
小学生の頃に二年続けて世界の二番となった御仁でござる。
その舞台に、また立てるはずであった。
それが叶わなんだ。
だが、話はここで終わらぬ。
この御仁は、こう語っておられる。
「これを残したままの人生、嫌だな」。
そして——
「色眼鏡かけた人の前に自信を持って立つために、抗っていく行動」
「なんの忖度もない世界で証明したい」と。
そして2026年、再び日本予選に出場された。
結果は——
二度目の優勝でござる。
辞退した舞台に、二年後に戻って勝つ。
これほど痛快な話が、そうそうあろうか。
そして、この御仁はもう一つ大きな挑戦もしておられる。
2024年6月27日、パリのモデル事務所への所属を発表されたのじゃ。
しかも、その経緯が凄まじい。
二十社から三十社を受け、
そのうち通ったのは一社だけであったという。
そして、その一か月は日本の仕事をすべて休み、
付き人も連れずに、手続きをすべて一人で行い、
単身でフランスへ渡られたのでござる。
二十歳そこそこでござるぞ。
言葉も違う土地で、一人で全部やる。
合格して号泣した小学生が、ここまで来られたのじゃ。
この先どのような姿でお主らの前に現れるか、吾輩も楽しみにしておるぞ。
パリでの挑戦についても、もう少し語らせてくれ。
二十社から三十社を受けて、通ったのは一社。
つまりほとんど落ち続けたということでござる。
日本では組の真ん中に立ち、
顔の順位でも一位を獲っておられた御仁じゃ。
その御仁が、海の外では落とされ続ける。
これは、堪えたであろう。
だが、それでも受け続けられた。
そして一社に通られたのでござる。
さらに、その後の動き方が凄まじい。
一か月、日本の仕事をすべて休まれた。
そして付き人も連れず、
手続きをすべて一人で行い、単身で渡られたのじゃ。
言葉も違う土地でござるぞ。
「なんの忖度もない世界で証明したい」。
この御仁が語っておられる言葉でござる。
日本におれば、名前で通る場面もあろう。
だが海の外では、名前など知られておらぬ。
実力だけで判じられる場でござる。
そこへ、自ら出ていかれたのじゃ。
踊りの大会に二度目の挑戦をされたのも、同じ理由でござろう。
色眼鏡をかけた者の前に自信を持って立つため。
この御仁は、
証明することに飢えておられる。
そして、その飢えがある限り、
この御仁は止まらぬのでござろうな。
最後に、この御仁の近ごろの動きを並べておこう。
2021年7月9日には映画で単独初主演を果たされた。
同じ年には、雑誌の顔の順位でも一位を獲っておられる。
2023年1月には、宝飾の賞の十代の部門に選ばれ、
その部門では初の男性の受賞者となられた。
同じ月には自身の発信の場も開かれ、
一週間足らずで追う者が百万人を超えたという。
2025年には別の発信の場も開かれ、
二時間余りで十七万人を超えたのじゃ。
……なんとも凄まじい数でござるな。
踊りで世界の二番となり、
泣きながら入所し、
辞めたいと思いながら続け、
真ん中に立ち、
公演の合間に制服で面接を受け、
そして海の外へ一人で渡られた。
この御仁の歩みには、
楽をした場面が一つも無い。
だからこそ、見ておって気持ちが良いのでござる。
そして、この御仁はまだ二十代の前半でござる。
踊りでも、芝居でも、そして海の外でも。
これから証明していくものが、まだ山ほど残っておるのじゃ。
この先どのような姿でお主らの前に現れるか、吾輩も楽しみにしておるぞ。
【公演の合間に面接!?制服に着替えてについてのまとめ】
今回はラウール殿について調査してみた!
吾輩はラウール殿に対して、公演の合間に制服で面接を受け、辞退した大会に戻って勝った貴公子、と思ったんだがお主はラウール殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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