巷に騒がれる、向井康二殿:実家のうわさと、タイの縁について、
この家族の縁が、近頃みごとに実を結んでおる。向井康二殿は2025年10月公開の日本とタイの合作映画にてW主演を務めたという。
さらに『JAPAN EXPO THAILAND AWARD 2026』にては、日タイの架け橋となった功績を称える賞を受けておる。母上の生まれ故郷と、自らの育った国。その両方をつなぐ役を担っておるわけでござる。
幼き日を彼の地で過ごした経験が、二十年を経て仕事になった。回り道など無かったということよ。嘘か誠かの判断は自己責任にて!
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1994年6月21日:タイ王国にて生誕。出身は奈良県でござる。
- 母上はタイの御方で、かつては軍におられたという。
- 二つ上の兄上がおられ、幼き頃は「ムエタイ向井ブラザーズ」として共に立った。
- 2006年10月8日:事務所に入る。関西のジュニアとして活動を始める。
- 2012年:平野紫耀殿・金内柊真殿と Kin Kan を結成。
- 2012年4月:番組『あほやねん!すきやねん!』のレギュラーに抜かれる。
- 2017年3月:大阪学院大学英語科を卒業。
- 2019年1月17日:Snow Man に加わる。
- 2020年1月22日:『Imitation Rain / D.D.』にてCDデビュー。
- 2024年5月30日:YouTube「ハマちゃんとコージのお上手です」を開く。
- 2025年1月27日:舞台『ムロムカイ』にて主演。
- 2025年7月14日:タイの劇『Dating Game』にて主演。タイの劇で日本人の主演は初。
- 2025年10月31日:映画『(LOVE SONG)』にて主演。
- 2026年1月8日:「日タイ関係功労賞」を受ける。
- 写真は小学生の頃から。『アサヒカメラ』『AERA』にて連載を持つ。
- 写真家としての名は「Photo Boy」。
【実家のうわさ、辿れたのはここまで】

吾輩が語るは、向井康二殿のご実家にまつわるうわさでござる。嘘か誠かの判断は自己責任にて!
実家は町の名まで挙がっておる。家業はこれこれだ、その稼ぎは幾らだ、兄上の名はこうで生業はこうだ——巷の読み物は、そこまで書いておるのでござる。
だが辿ってみると、町名も、家業も、稼ぎの額も、兄上の名も、確かめられる出どころに行き着かなんだ。
ご実家は一般の御方の住まいでござる。町の名については、うわさの形で流れておるだけで、公にされたものは見当たらなんだ。
では、公にされておるのは何か。三つでござる。
一つ、この御仁はタイ王国のお生まれで、出身は奈良県であること。
二つ、母上はタイの御方で、かつては軍におられたこと。これはご本人が公にしておられる。
三つ、二つ上の兄上がおられること。幼き頃には「ムエタイ向井ブラザーズ」として共に人前に立っておられた。ただし、いまの兄上は表に出ておられぬ。名も生業も、公にされたものは無い。
母上との言葉のやり取りは、タイ語と日本語が半々であるという。
家の稼ぎを当て推量するより、こちらのほうがよほど面白かろう。そしてこの「半々」が、後にとんでもないところへ繋がるのでござる。
【タイに生まれた者が、タイの劇で主演を張った】

さて、ここからが本題でござる。嘘か誠かの判断は自己責任にて!
タイに生まれ、奈良で育ち、母上とはタイ語と日本語を混ぜて話す。この御仁にとって、二つの国は初めからひと続きでござった。
そして2025年7月14日——タイの劇『Dating Game』にて主演を務められた。
しかもこれ、ただの出演ではござらぬ。タイの劇において、日本人が主演を張るのは史上初という。台詞も全編タイ語でござる。
考えてもみられよ。日本で育った者が、母上の国の言葉で、その国の劇の真ん中に立ったのでござる。
そして年が明けて2026年1月8日、「日タイ関係功労賞」を受けておられる。
芸で賞を得たのではない。二つの国を繋いだことで、賞を受けられたわけでござる。
家の稼ぎがどうの、家業がどうのという話が、いかに小さく見えることか。この御仁の家から受け継いだものは、金ではのうて言葉でござった。
もう一つ、この御仁には別の顔がござってな。写真でござる。小学生の頃から撮っておられるという。
しかも趣味の域に留まっておらぬ。『アサヒカメラ』や『AERA』に連載を持ち、「Photo Boy」という名で写真家としても立っておられる。
撮られる側の者が、撮る側でも名を持つ。これもまた、並のことではござらぬ。
【未来予想図-二つの国と、二つの生業】

さて、いまの向井康二殿でござる。嘘か誠かの判断は自己責任にて!
この御仁、2006年10月8日に事務所へ入り、長らく関西のジュニアとして過ごされた。2019年1月17日に Snow Man に加わり、翌年1月22日にCDデビュー。入ってからデビューまで、十三年でござる。
その間に何をしておられたか。2012年には Kin Kan を結成し、同年4月には番組のレギュラーにも抜かれた。そして2017年3月、大阪学院大学英語科を卒業しておられる。
タイ語と日本語のほかに、英語まで学びに行かれたわけでござるよ。三つの言葉を手にした御方ということになる。
近ごろの動きも早い。2024年5月30日にはYouTubeの場を開き、2025年1月27日には舞台『ムロムカイ』にて主演。同年10月31日には映画『(LOVE SONG)』にて主演。
群れの一人でありながら、タイでも、舞台でも、映画でも、写真でも、名を立てておられる。
十三年待った御方でござる。待てる者は、来た時に取りこぼさぬのでござろう。
ついでに申せば、好むものも賑やかでござってな。野営に、雪の板に、打毬——いや、ゴルフでござる。そして料理と、漫画と、遊戯。
写真を撮り、飯を作り、雪を滑り、球を打つ。じっとしておらぬ御方と見える。
思えばこの御仁、関西のジュニアとして長うござった。2012年には番組のレギュラーにも抜かれ、その頃から人を笑わせる役どころを担っておられた。待つ間に、話す技を磨いておられたわけでござろう。
その技がいま、二つの国の言葉と重なって効いておる。回り道は、回り道ではなかったのでござる。
この御仁の行く末、吾輩は大いに楽しみにしておる。お主らもともに見守らんか。嘘か誠かの判断は自己責任にて!
そもそも向井殿が見出された経緯が、これまた尋常ではない。
タイで習うておった武術の道場に、たまたま仕事で訪れた人物が居った。そしてそこに飾られておった向井殿の写真に目を留めたのじゃ。
「これ誰?」と関係者に連絡先を尋ね、日本に帰国しておった向井殿の家へ直に電話が入る。
母君は嘘だと思うて切ってしまわれた。ところが1日に5度も掛かってくるという熱の入れよう。
当人は興味が無かったが、「お菓子あげるから」の一言につられて会場へ足を運び、初めて顔を合わせた。まだ小学2年の頃じゃ。
そして小学5年となった2006年10月8日に入所する。写真一枚から始まった縁というわけよ。
働く側の顔も面白い。2017年3月に大学を出ておるが、就職の活動では実際にスーツを着て、車の会社と飛行機の整備の会社の説明会へ足を運んでおる。
写真の専門学校も考えておったというから、いまカメラを構える姿も偶然ではないのじゃな。
【実家のうわさとタイの縁の真相についてのまとめ】
今回は向井康二殿について調査してみた!
吾輩は向井康二殿に対して、母上の国の言葉で主演を張った若侍、と思ったんだがお主は向井康二殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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