【WEST.・藤井流星】18歳で辞めようと!?黒板に足された名

WEST.・藤井流星の転機 怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、藤井流星殿:5000円につられて受けたオーディション。デビューが見えず「辞めよう」と決めた18歳の翌日、黒板に自分の名前が書き足されていた話について、

さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!

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【略歴】

  • 1993年8月18日、大阪府のお生まれ
  • 10歳ほどの頃、母君が送った履歴書からオーディションに受かられる
  • 2014年4月23日、ジャニーズWEST(現WEST.)としてCDデビューされる
  • 2026年1月9日、テレビ番組で18歳の頃に辞めようとした過去を明かされる
  • 2026年8月30日、WEST.からの脱退が発表される
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【藤井流星が辞めようと思った日-デビューが見えぬ18歳】

WEST.の藤井流星殿には、事務所を辞めようと本気で思った時期がある。2026年1月、テレビ番組『徹子の部屋』で、その過去を明かしておる。

そもそも藤井殿は、子どもの頃、芸能界にまったく憧れがなかったという。10歳ほどの頃、母君が履歴書を送り、オーディションの前日に「あした来てください」と電話が来た。その日はサッカーの試合があるからと「行かない」と言うたものの、大雨で試合は中止に。それでも渋る息子に、母君は「5000円あげるから」。……こうしてしぶしぶ受けたオーディションに、見事受かってしもうたのじゃ。ちなみにその5000円は、カードゲームに全部使ったそうな。

入ってからも、前に出たい少年ではなかった。

「入った時に結構真ん中の方に置いてくれていたんですよ、ダンスのシーンとかで。けど、それも(周りに知られるのが)恥ずかしくて。見てほしくない少年でした」

――真ん中に置かれても、見てほしくない少年。

お主、アイドルを目指す若者が聞いたら驚くであろう。だが、そんな藤井殿にも、焦りの時がやってくる。

「結構前に出させて頂く機会が多かったんですけど、人って何となく『このままいけるかな』って思っちゃうじゃないですか?って思っていたら、18歳くらいになっていて。『あれ?デビューできないぞこれは』ってなって」

……前に出してもらえていたから、このまま行けると思っておった。気づけば18歳。デビューの気配はない。そこで初めて、藤井殿は自分の置かれた場所を見つめ直したのでござる。

「やっぱり東京に呼ばれないとチャンスがないなっていうのが、うちの事務所にはあったので。僕は東京の選抜に選ばれていなかったんですよ」

そして、ある決意をした。「最後、今年東京に舞台に呼ばれなかったら辞めよう」。

【辞めようとした翌日-黒板に足された名前】

最後の賭けとして、藤井殿は行動に出た。

「最後の頑張りとして事務所に直談判して。電話を掛けて『出たいです』ということだけ伝えて」

――電話一本で、「出たいです」とだけ。

見てほしくない少年だった藤井殿が、自ら声を上げた瞬間でござる。ところが、返ってきた答えは「もう発表しちゃったから無理だよ」。

「『もう辞めよう』って18歳の時に思った」

……勇気を出して伝えたのに、届かなかった。ここで道が閉ざされたと思うのも、無理はあるまい。10歳から8年ほど続けてきた道を、ここで終えるつもりであった訳じゃ。

だが、次の日。リハーサルの場に行った藤井殿は、思いもよらぬものを目にする。

「東京選抜の名前が書かれている黒板みたいなのがあったんですけど、そこに僕の名前が追加されていて。多分事務所の誰かがやってくれていて」

――黒板に、自分の名前が書き足されていた。

お主、これはまるでドラマの一場面ではないか。電話では「無理」と言われた。だが、誰かがその思いを受け止め、動いてくれておった。……辞めようと決めた18歳の少年は、この黒板の名前によって、踏みとどまったのでござる。書き足した者について、藤井殿は「多分事務所の誰か」と語るのみでござる。

そこから藤井殿は、2014年4月にグループの一員としてCDデビューし、ドラマや舞台、モデルの仕事でも活躍するようになった。2025年のバラエティ番組では、「クールで怖いイメージを持たれがちなんですけど、本当の自分は全然違う」と明かし、本来の自分は「めちゃくちゃアホなんですよ」と笑わせておる。「初めましてがどうしたらいいか分かんない」という人見知りも、見てほしくなかった少年の名残なのかもしれぬ。

【未来予想図-思いを伝えて道を開く御方】

さて、ここまでを一度まとめておこうぞ。

――藤井流星殿は、母君の「5000円あげるから」で受けたオーディションからこの道に入った。

18歳でデビューが見えず、「今年東京に舞台に呼ばれなかったら辞めよう」と決め、事務所に「出たいです」と直談判した。

一度は断られたが、翌日東京選抜の黒板に自分の名前が書き足されていた。

さて、ここからは吾輩の見立てでござる。

この御方は、大事な場面で思いを言葉にして、自分の道を切り開いてゆく御方だとみる。

根拠は、藤井殿自身がこの経験から得た教えでござる。

「思ったことを伝えるっていうのは大事やなって。自分の人生の転換期だった時にそれを伝えたことによって変わったので」

……黙っておれば、名前が書き足されることはなかったであろう。電話一本の「出たいです」が、人生を変えた。見てほしくない少年が、最後の最後に自分から手を挙げたからこそ、誰かがその手をつかんでくれたのでござる。

2026年8月、藤井殿はWEST.を離れ、新たな形で活動していくことを選んだ。事務所の発表によれば、それは本人たちからの申し出であったという。そして脱退の発表の翌日、ファンに向けてこう綴っておる。

「それでも、皆さんの前からいなくなるつもりはありません。また皆さんに笑ってもらえるように、僕はこれからもアイドルでいたいです」

「まだ皆さんと一緒に過ごしたい時間がたくさんあります。これからも、そんな時間を積み重ねていきたいと思ってます」

ゆえに吾輩はこうみる。

18歳で「思いを伝える」ことの大切さを知った御方が、今また自分の思いを言葉にして、新しい道を選んだ。……あの日の黒板のように、この先の道にも、きっと藤井殿の名前が書き足されてゆくはずでござる。

18歳で辞めようと決めた翌日、黒板に名前が足されていた。思いを伝えて道を開く御方

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【吾輩からの一言】

人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。

とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。

英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。

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【18歳で辞めようと!?黒板に足された名についてのまとめ】

今回は藤井流星殿について調査してみた!

一つ。母君の「5000円あげるから」でオーディションを受けた。

二つ。入った頃は「見てほしくない少年でした」。

三つ。18歳で「今年東京に舞台に呼ばれなかったら辞めよう」。

四つ。直談判の翌日、黒板に名前が書き足されていた。

五つ。「思ったことを伝えるっていうのは大事やなって」。

吾輩は藤井流星殿に対して、大事な場面で思いを言葉にして、自分の道を切り開いてゆく御方、と思ったんだがお主は藤井流星殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。

引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

引いた言葉の出どころ

モデルプレス(2026年1月10日)

毎日キレイ(2026年1月9日)

モデルプレス(2025年3月7日)

オリコン(2026年9月1日)

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