巷に騒がれる、あばれる君殿:実家のうわさと、父上の言葉について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1986年9月25日:福島県東白川郡矢祭町にて生誕。本名は小張弘起殿。
- 白河市立白河第二中学校、福島県立白河高等学校、駒澤大学法学部を卒業。
- 小学生の頃、笑いの道を志すようになる。
- 父上は矢祭町立矢祭中学校の校長(英語科の教諭)を務めておられた。
- 「芸人になりたい」と伝えた折、「頑張ったところを見せたらなっていい」と言われる。
- その言葉を受け、大学時代に教員免許を取得(中学一種:社会、高校一種:地理歴史)。
- 2008年:「第2回笑樂祭」にて特別賞。ワタナベコメディスクールに特待生として入る。
- 2013年10月17日:高校の頃から交際しておられた御方と結婚。
- 2014年12月5日:福島県棚倉警察署の一日署長を務める。
- 2015年:R-1ぐらんぷり決勝進出。
- 2016年1月:第1子の誕生を公表。2021年8月12日には第2子。
- 2025年8月1日:体験の場「あばれる君のアドベンチャークラブ」を本格始動。
- 芸人になる前は、フリースタイルバトルの担い手であったこともある。
【父上の一言が、この道を開いた】

吾輩が語るは、あばれる君殿のご家族にまつわる話でござる。嘘か誠かの判断は自己責任にて!
この御仁のご家族については、珍しくご本人が公に語っておられる部分がござる。
父上は、矢祭町立矢祭中学校の校長を務めておられた。英語科の教諭でもあられたという。これはご本人が語っておられることゆえ、書いて差し支えあるまい。
……ところが巷の読み物は、そこから先へ踏み込んでおってな。他の役職まで挙げたり、母上の勤め先を書いたり、姉上の私事にまで及んでおるものがある。
だが辿ってみると、そちらは確かめられる出どころに行き着かなんだ。ご家族は一般の御方ゆえ、公にされた記録が無いのでござる。
うわさというものは、詳しいほど確からしく見えるもの。役職の名や、勤め先の名が並んでおれば、よほど調べた者が書いたのだろう、と思うてしまう。
だが詳しさと、確かさは別でござる。
その代わり、書くべき話がござる。父上とこの御仁のあいだで交わされた、一言でござる。
しかも巷の読み物は、そろってこれを書き落としておる。次に申し上げよう。嘘か誠かの判断は自己責任にて!
【「頑張ったところを見せたらなっていい」】

さて、父上の一言でござる。嘘か誠かの判断は自己責任にて!
この御仁、小学生の頃から笑いの道を志しておられた。そしてある時、父上に打ち明けられる。「芸人になりたい」と。
校長を務める父上でござる。止められても、おかしくはござらぬ。
だが父上の返答は、こうであった。
「頑張ったところを見せたらなっていい」
……いかがか。止めるでもなく、諸手を挙げて許すでもなく。「まず、やるべきことをやって見せよ」ということでござろう。
校長という立場でござる。世間体を思えば、止めるほうが楽であったろう。それでも「見せてみよ」と言われたわけよ。
そしてこの御仁は、その言葉に応えられた。大学の頃、教員免許を取得しておられるのでござる。
中学一種は社会、高校一種は地理歴史。笑いの道へ進むと決めておりながら、先に免許を取ったわけでござる。
考えてもみられよ。教員免許というのは、講義に出て、実習にも行かねば取れぬもの。笑いの稽古と並べて走らせるのは、生半可なことではござらぬ。
免許を取ったからといって、教壇に立たれたわけではござらぬ。そのまま笑いの道へ進まれた。だが「見せる」という約束は、確かに果たされたのでござる。
父上は「頑張ったところを見せよ」と言い、息子はそれを免許という形で見せた。教えを三つ並べるより、この一往復のほうが余程よく親子を語っておろう。
しかも免許は二種でござる。中学の社会と、高校の地理歴史。片方だけで済ませなんだところに、この御仁の性分が出ておる。
学び舎のほうも申しておこう。白河市立白河第二中学校、福島県立白河高等学校、そして駒澤大学法学部を出ておられる。法学部から教員免許、そして芸の道でござる。
【未来予想図-2025年、自ら場を作られた】

さて、いまのあばれる君殿でござる。嘘か誠かの判断は自己責任にて!
2008年にワタナベコメディスクールへ特待生として入られ、2015年にはR-1ぐらんぷりの決勝へ進まれた。そこから十年、茶の間に居続けておられる。
面白いのは、この御仁が体を張る仕事で知られておることでござる。山へ入り、川へ入り、虫を捕り、火を熾す。
山や川の知識というのは、一朝一夕には身に付かぬ。何度も足を運び、失敗も重ねて、ようやく形になるものでござろう。画の向こうで見せておられるのは、その積み重ねの一部でござる。
そして2025年8月1日——「あばれる君のアドベンチャークラブ」という体験の場を本格始動された。
人に見せるだけではのうて、人を連れてゆく側に回られたわけでござる。外遊びの楽しさを、直に伝える場でござるな。
考えてみれば、これは教える仕事でござろう。免許を取ってはおきながら、教壇には立たなんだ御仁が、別の形で人に教える場を作られたのでござる。
山や川で体を張る仕事というのは、危うさもござる。だが、この御仁がそれを続けてこられたのは、下調べを怠らぬ性分ゆえでござろう。
近ごろはポケモンにも通じておられ、ご自身の場で対戦の様子まで流しておられるという。好むものを、そのまま人に見せる質でござるな。
外遊びを教える場を作るには、危うさへの備えが要る。人を連れてゆく以上、けがをさせるわけにはまいらぬ。免許を取った御方らしい、生真面目な始め方でござる。
ほかにも顔は多い。2014年には福島県棚倉警察署の一日署長を務められ、芸人になる前はフリースタイルバトルの担い手であったこともあるという。
2016年には第1子、2021年8月12日には第2子の誕生を公にしておられる。お子のことは、それ以上は公にされておらぬ。
私事については、2013年10月17日にご結婚しておられることまでを申しておく。お相手は表に出ておられぬ御方ゆえ、それ以上は世に出ておらぬ。
父上の一言から二十年近く。免許を取り、笑いの道を歩き、いまは人を野へ連れてゆく側に立っておられる。「頑張ったところ」は、十分に見せておられよう。
この御仁の行く末、吾輩は大いに楽しみにしておる。お主らもともに見守らんか。嘘か誠かの判断は自己責任にて!
この御仁の腕前についても語っておこう。
あばれる君殿の芸風は、力任せの一点じゃ。一人で演じる「熱血ひとり芝居」を得意とし、必死になりすぎて空回りする男を、暑苦しいほどの勢いで演じてみせる。
緊張しやすい質ゆえ、舞台の上ではたいてい大汗をかいておるという。
本人は「力強い芸」を心掛けており、言葉の一つ一つが重く、体の芯にずしりと来るネタを作りたいと語っておる。
そしてもう一つ、この御仁を語るうえで外せぬ話がある。
あばれる君殿は東日本大震災で、警察官であった叔父を亡くしておるのじゃ。その叔父は夜勤明けで非番であったにもかかわらず、人々を逃がすために現場へ向かい、津波に呑まれて殉じたという。
あばれる君殿はそれを誇りに思い、自分も最後の最後まで体を張り続けると己に誓っておる。
2014年12月5日に故郷の警察署で一日署長を務めたのも、この想いと無縁ではあるまい。
山を買い、体を張り、笑いを届ける。すべてが一本の筋で繋がっておるのじゃ。
【実家のうわさと父上の言葉についてのまとめ】
今回はあばれる君殿について調査してみた!
吾輩はあばれる君殿に対して、父上の一言に免許で応えた侍、と思ったんだがお主はあばれる君殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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