巷に騒がれる、赤西仁殿:落ちたはずの選びが、名札一枚でひっくり返った話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1984年7月4日のお生まれでござる
- 実弟も、歌い手にして演じ手であられる
- 1998年11月8日、事務所の選びを受けられた
- その選びの結果は、不合格でござった
- だが名札を返した相手が、社長その人であった
- 名札の番号が1番ゆえ、残るよう言われたという
- 選びを受けた訳は、錦戸亮殿の歌う姿を見たゆえ
- 2000年、Jr.の中の組に加わられる
- 2001年、堂本光一殿の後ろで踊る組に選ばれた
- それが、KAT-TUNの始まりでござる
- 2005年、『ごくせん』の第二で広く知られた
- 2006年3月22日、盤を出して正式に世に出られる
【選びに応じた訳は、錦戸亮殿の歌う姿】

さて、まずは全ての始まりから参ろうではないか。
――そもそも、なぜ選びを受けられたのか。
その訳が、実に面白いのでござる。
――番組で、錦戸亮殿が歌う姿を見られたゆえだという。
同じようなことがしたい、と思われたそうな。
――たったそれだけの動機でござる。
壮大な志でも、家の事情でもござらぬ。
――画面の中の同年代を見て、羨ましく思われただけでござる。
だが、人が動く時とはそういうものでござる。
――難しい理屈より、素直な憧れの方が強いのでござるよ。
そしてこの縁、後に思わぬ形で戻ってくる。
――2019年12月6日、その錦戸亮殿と組を作られたのでござる。
憧れて入った世界で、憧れた相手と並ばれた。
――二十年越しの、実に見事な回収でござるな。
お主も、誰かに憧れて始めたことはござろう。
――その憧れは、いつか形になるやもしれぬのでござる。
さて、幼き頃の話をもう少し掘ってみよう。
――実は、この御方の弟君も同じ道を歩んでおられる。
歌い手にして、演じ手であられる。
――兄弟揃って、表に立つ道を選ばれたのでござるな。
家に、そういう気風があったのでござろう。
――兄が先に行けば、弟も続きたくなるものでござる。
そして、犬に囲まれて育たれたという話もござる。
――幼き頃から、多くの犬と暮らしておられたそうな。
ところが、これに悲しい落ちが付くのでござる。
――2015年、犬に弱い体質と分かったのでござる。
三十を過ぎてから、判明したという。
――あれだけ共に暮らしておいて、これは酷でござるな。
だが、こういう話が人の姿を作るのでござる。
――完璧な英雄より、こういう抜けた話が愛されるのでござるよ。
旧い記事には「小学生時代はサッカーに夢中」とあった。
――だが、その話の出所は辿れなんだのでござる。
ゆえにこの稿では、その一行を取り下げた。
――辿れぬ話は書かぬ。これが此処の作法でござる。
学び舎の名も、公には出ておらぬ。
――ゆえに、憶測で書くことはせなんだのでござる。
念のため、この稿の作り方を申しておこう。
――学び舎の名も、球蹴りの話も辿れなんだ。
ゆえに、確かな話だけで組み直したのでござる。
――名札の逸話と、志した訳と、その後の歩みでござる。
この三つがあれば、十分に絵になるのでござる。
――盛らずとも面白いのが、この御方の強みでござるな。
【名札の番号が1番、そして逆転の合格】

さて、ここからが此度の題の核心でござる。
――1998年11月8日、事務所の選びを受けられた。
この時、赤西仁殿は満14歳でござった。
――そして結果は、なんと不合格でござった。
落ちたのでござる。夢はそこで終わるはずであった。
――ところが、ここから話がひっくり返るのでござる。
帰り際、付けていた名札を返されたそうな。
――その返した相手が、たまたま社長その人であられた。
そして、その名札に書かれた番号が問題でござった。
――番号が、1番であったのでござる。
それを見た社長が、こう言われたという。
――「YOUも残っちゃいなよ」と申されたそうな。
落ちた者が、名札一枚で残ることになったのでござる。
――これは、ご本人が語っておられる話でござる。
実に、出来すぎた話ではござらぬか。
――運とは、こういう形で降ってくるものなのでござるな。
もしその時、別の者に名札を返しておられたら。
――もし番号が2番であったなら、今は無かったやもしれぬ。
そう思うと、人の道とは実に危ういものでござる。
――紙一重どころか、名札一枚でござるからな。
そこから2000年、Jr.の中の組に加わられる。
――そして2001年、大きな転機が訪れるのでござる。
堂本光一殿の後ろで踊る組が、作られたのでござる。
――その組こそが、後のKAT-TUNでござった。
つまり、初めは専属の踊り手の集まりであった。
――そこから、頂を取る集いへ育っていくのでござる。
さて、名札の話をもう少し味わってみようではないか。
――十四の少年が、選びに落ちたのでござる。
その場の空気を、想像してみられよ。
――周りには受かった者が居り、己は落ちておる。
帰るしかない。名札を返して、帰るしかないのでござる。
――その最後の一手が、運命を変えたのでござる。
誰に返すかなど、普通は考えぬ。
――目の前に居た大人に、渡しただけでござろう。
それが、たまたま社長その人であられた。
――そして、その名札の番号が1番であった。
一番若い番号ということは、早く来た者でござろうか。
――それとも、たまたま配られた順やもしれぬ。
いずれにせよ、その数字が目に留まったのでござる。
――「YOUも残っちゃいなよ」でござる。
実に、あの御方らしい一言でござるな。
――この逸話は、ご本人が語っておられるものでござる。
つまり、又聞きではなく本人の弁でござる。
――ゆえに、安心して書けるのでござるよ。
そして2000年、Jr.の中の組に加わられた。
――2001年には、専属の踊り手の組に選ばれる。
その組が、後に頂を取る集いになるのでござる。
――落ちた少年が、五年で世に出られたわけでござる。
念のため、名札の逸話に一言添えておこう。
――これは、ご本人が語られた話として伝わっておる。
第三者が確かめた記録があるわけではござらぬ。
――ゆえに「本人談」として記したのでござる。
そこまで書いて、初めて誠実というものでござる。
――出所を示す。これが此処の作法でござるからな。
【未来予想図-自らの旗印で歌い続けられる】

さて、この御方の歩みをもう少し辿ってみよう。
――2005年、『ごくせん』の第二で広く知られた。
同じ集いの亀梨和也殿と共に出られたのでござる。
――あの作から、一気に世が沸いたのを覚えておる。
そして2006年3月22日、盤を出して正式に世に出られた。
――『Real Face』でござる。実に懐かしいのでござるな。
ところが同じ年の10月、無期限の休みに入られる。
――語学の学びのため、と発表されたのでござる。
そして2007年4月19日、ロサンゼルスから戻られた。
――翌20日には、記者を集めて復帰を告げられておる。
この頃から、海の向こうへの志が見えておったのでござる。
――そして2010年7月、集いを離れる旨が発表された。
理由は人の間の縺れではなく、向かう先の違いと答えられた。
――これは、ご本人が公の場で述べておられる言葉でござる。
そして2011年、独りの歌い手として世に出られる。
――同じ年の11月、米国での曲が配信の番付で一位を取られた。
2012年には、映しの選びにも受かっておられる。
――2014年には事務所を離れ、己の足で歩き始められた。
2017年、自らの旗印が大手と手を組まれる。
――落ちたはずの十四の少年が、ここまで来られたのでござる。
さて、この御方の海の向こうへの志を語ろう。
――2006年10月、語学の学びを理由に休みに入られた。
頂に立った年に、休まれたのでござる。
――普通なら、絶対に休まぬ時期でござろう。
それでも行かれた。この胆力は大したものでござる。
――2007年4月、ロサンゼルスから戻られた。
そして2010年、五つの町を巡る米国の巡業を行われる。
――合わせて一万五千の人を集められたという。
日の本の歌い手が、海の向こうで一万五千でござる。
――これは、当時としては大変な数でござった。
2011年11月には、米国の曲が配信の番付で一位を取られる。
――2012年には、映しの選びにも受かっておられる。
キアヌ・リーブス殿の主演作でござった。
――2015年には、北京の催しで二つの賞も受けられた。
日の本の者としては、初めての受賞であったという。
――名札一枚から、ここまで来られたのでござる。
そして今も、自らの旗印で歌い続けておられる。
――落ちた者が、最も遠くまで行かれたのでござるよ。
念のため、この稿の締めくくりを申しておこう。
――十四で落ち、名札一枚で拾われ、五年で世に出られた。
そして海を渡り、独りで歩む道を選ばれた。
――落ちた日から数えて、もう四半世紀を超えるのでござる。
お主も、一度落ちたくらいで諦めてはならぬ。
――名札一枚で、道は変わるものでござるからな。
ちなみに、2008年には映しの声も当てておられる。
――『スピード・レーサー』の日の本の版でござった。
同じ年の10月には、連続の物語で初の主演も務められる。
――『有閑倶楽部』でござる。覚えておられる方も多かろう。
2010年1月には、映しにも初めて出て初主演を務められた。
――その作の中の楽団の名で出した盤も、番付の一位でござった。
曲も、映しも、声も。手広く挑んでおられたのでござる。
――十四で落ちた少年とは、とても思えぬ働きでござるな。
【名札の番号が1番で!?学歴と14歳の逆転合格についてのまとめ】
今回は赤西仁殿について調査してみた!
吾輩は赤西仁殿に対して、名札一枚で運を掴み、そこから世界へ出て行かれた勇者と思ったんだがお主は赤西仁殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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